神戸地方裁判所 昭和55年(借チ)8号 決定 1981年10月29日
甲事件申立人、乙事件相手方(以下「申立人」という) 山本久男
右代理人弁護士 下山量平
甲事件相手方、乙事件申立人(以下「相手方」という) 松田ふさ
右代理人弁護士 宮崎定邦
主文
一 申立人から相手方に対し、別紙目録(三)記載の建物及び別紙目録(一)記載の土地にかかる別紙目録(二)記載の賃貸借契約に基づく土地賃借権を代金一〇七二万円で売渡すことを命ずる。
二 申立人は相手方に対し、相手方から前項の金員の支払いを受けるのと引換に、右建物につき所有権移転登記手続をなし、かつ、右建物を明渡せ。
三 相手方は申立人に対し、前項の所有権移転登記手続及び建物明渡しを受けるのと引換に、第一項の代金一〇七二万円を支払え。
理由
(甲事件の申立の要旨)
一 申立人は、相手方所有の別紙目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という)につき、別紙目録(二)記載の賃貸借契約に基づく賃借権(以下「本件賃借権」という)を有し、右地上に別紙目録(三)記載の建物(以下「本件建物」という)を所有している。
二 申立人は、右建物及び土地賃借権を、神戸市長田区西丸山町三丁目七―二八、会社員松下元夫に譲渡する予定であるが、右譲渡によって相手方が不利となる虞れはないにも拘らず、相手方は右賃借権譲渡につき承諾しない。
三 よって右賃借権の譲渡につき、相手方の承諾に代る許可の裁判を求める。
(乙事件の申立の要旨)
相手方は、本件建物及び本件賃借権を譲受けたいので、その旨の裁判を求める。
(当裁判所の判断)
一 本件記録によれば、申立人と相手方との間に、本件土地につき相手方を賃貸人とする本件賃貸借契約があり、申立人が右土地上に本件建物を所有していることが認められ、かつ、申立人からの土地賃借権譲渡許可申立(甲事件)及び相手方からの右建物及び賃借権譲受申立(乙事件)の各手続は、いずれも適法になされていると認められるので、借地法九条の二第三項により、本件建物及び土地賃借権の対価を定めて申立人から相手方への譲渡を命ずることとする。
二 そこで右の対価について検討する。
1 鑑定委員会の意見は、相手方の本件建物及び本件賃借権の譲受価格相当額として、金三九二二万一〇〇〇円とし、その理由として、「(一)対象物件は阪神電鉄魚崎駅北東方約七〇〇メートルに位置する住宅地域(第二種住居専用地域、建ぺい率六〇パーセント、容積率二〇〇パーセント)であるとし、(二)本件建物価額は合計金一〇九万六〇〇〇円(別紙目録(三)の(イ)建物、再調達価格一平方メートル当り九万六〇〇〇円、経過年数一六・五年、現在価格四七万六〇〇〇円。同(ロ)建物、再調達価格一平方メートル当り一〇万三〇〇〇円、経過年数約四七年、現在価格六一万六〇〇〇円。同(ハ)建物、殆ど価値を認め難いとして現在価格四〇〇〇円、とし、この合計額)、(三)借地権価額については、取引事例比較法(「四例より試算」とあるが、その具体的事例はもとより、最も重要な取引内容については全く触れていない)によるとして、更地価格一平方メートル当り二一万六〇〇〇円(本件土地の更地価格約七九四〇万円)、借地権割合五五パーセント約四二三六万一〇〇〇円(但し建付減価して計算)と計算し、(四)右の合計金四三四五万七〇〇〇円から承諾料相当分四二三万六〇〇〇円(借地権価格の一割)を控除した額をもって相当とする。」と説明する。
しかしながら、鑑定委員会の右意見は、次の理由により到底採るを得ないというの外はない。
すなわち、もともと借地権者は、賃借地上の建物を第三者に譲渡するには賃貸人(土地所有者)の承諾を要するところ(民法六一二条。この承諾を得ない譲渡・転貸は契約解除理由となる)、賃貸人がその恣意で承諾しない場合は、賃借人はその投下資本の回収が困難となり、社会経済上不都合な結果を生ずる。そこで借地法九条の二の規定が設けられ、賃借人が建物及び賃借権を第三者へ譲渡する場合、裁判所が双方の主張・立証の下に公平妥当な判断をすることとし、右賃貸人の承諾に代る許可の裁判をする場合は、双方の利益の公平をはかるため、賃借地代の値上げその他借地条件の変更、あるいは財産上の給付等を命じうることとし、また、右の申立後、賃貸人が裁判所の定める期間内に自ら建物及び賃借権を譲受ける旨申立てがなされた場合は、相当の対価を定めて同時履行の条件の下にこれを認め得ることとされたのであり、そして、右の「財産上の給付」、「相当な対価」を定めるに当っては、「賃借権の残存期間、借地に関する従前の経過(権利金等の授受の有無・その金額、更新料等の授受の有無・その額、有益費等の支出の有無・その額、賃料の経過、紛争ある場合はその事情等)、賃借権の譲渡を必要とする事情、その他一切の事情」を考慮し、一律の規準によることなく、具体的事案に応じて公平妥当な裁判をすることとされているところ(第五一回国会衆議院法務委員会議録第三二号〔とくに一六頁等〕)、前記鑑定委員会の意見は、右の具体的事情を全く認定することなく、法が特に排斥・否定する「一律の基準」(何ら個別的諸要素を認定することなく借地権割合を五五パーセントとする等)を適用したものといわなければならないからである。
2 そこで考察するに、
(一) 本件記録によると、
(1) 本件土地は、相手方が昭和二三年六月三〇日申立外安田信託株式会社に賃貸し、昭和三三年八月頃申立人がその地上建物(本件(ロ)建物)と共に本件賃借権を右申立外会社から、申立外森一不動産の仲介で代金一二五万円で譲受けた。その際、相手方は右譲渡の承諾を拒否したが、申立人の勤務していた会社の社長夫人の妹が相手方と小学校・女学校を通じ同級生であったこともあって、申立人の依頼で右社長夫人の妹(福島美智子)の懇願で、相手方も止むなく右譲渡を承諾したものであること、
(2) 本件建物中、別紙目録(三)の(イ)建物は昭和三八年一〇月頃子供の勉強部屋として申立人が建築したものであり、同(ハ)建物は物置として昭和五〇年頃申立人が建築したものであり、同(ロ)建物は昭和九年頃建築されたもので、既に四十数年経過しているものであるところ、申立人は譲受後、屋根、室内壁、根太、水洗便所への切替、風呂場修理、応接室天井修理等の補修をしたこと、
(3) 右のとおり、申立人が申立外会社から本件賃借権を譲受けた際、相手方に対し、権利金等は勿論、承諾料あるいは名義書替料等名義の如何を問わず財産上の給付は全くしておらず、また、敷金・保証金等の差入れも一切していないこと(なお、申立人本人尋問の結果によると、「承諾料一〇万円を申立外安田信託に支払った」旨述べるが、他にこれを裏付ける資料は全くなく、相手方本人尋問の結果に徴し、相手方は一切受取っていないことが認められる。したがって、申立人本人の右供述が仮に真実とすれば、それは右安田信託から申立人が本件賃借権を譲受けるに当って仲介した不動産業者(前記森一不動産)に仲介手数料として支払われたものと推認するの外はない)、また、その後の法定更新の際も同様であり、さらに、前記の本件(イ)及び(ハ)建物の建築に際しても、その承諾料等名義の如何を問わず財産上の給付は一切していないこと、
(4) 本件土地の賃料は、昭和五五年七月一日以降月額三万一一三六円となったが、その地価に比し常に極めて低額であった(昭和三三年八月申立人が本件賃借権を譲受けて以降昭和五五年末までに申立人から相手方に支払われた賃料総額は約三〇〇万円程度である)こと、
(5) 本件賃貸借契約は、昭和四三年一月一日法定更新されたもので、その残存期間は昭和六二年一二月三一日まで六年余存するが、申立人は老齢で、今後その娘夫婦と同居を希望し、本件建物及び本件賃借権の譲渡を望んでいること、
(6) 相手方は、本件土地につき自己使用の必要を理由としてその明渡しを求める調停を申立てたが、申立人がこれに応ぜず不調となったこと、
以上の事実が認められる。
(二) 右の認定事実からすると、
(1) 本件建物については、鑑定委員会の意見は前記のとおり一〇九万六〇〇〇円とするが、なおある程度の期間人の住居として使用しうるものと認められる(特に本件(ロ)建物についてはその経過年数からみて相当の修理を要するものと推認されるが、鑑定委員会の意見には全くその具体的事情の説明はないことから、その基本的部分に重大な欠陥のないことが推認される)ことからすると、一〇九万六〇〇〇円という金額は低きに失し、少くとも再調達価額合計約金一三〇〇万円(この点鑑定委員会の意見による)の二五パーセント程度、すなわち三二五万円の価額を有するものと認めるのが相当である。
(2) 次に本件賃借権の価額については、
(イ) 前記の認定事実から合理的にこれを導くには、借地権設定等に関して定めた税法上の考え方によるのが妥当であると解する。すなわち、所得税法二六条、同三三条、同法施行令七九条三項によると、土地の賃貸借に当り授受される権利金等(名義の如何を問わない。以下同じ)は、これが当該土地の更地価額の二分の一以上である場合は「譲渡所得」とされ、それ以下の場合は「不動産所得」とされるが、右の二分の一以上であるかどうかについて争いがある場合は、権利金等の額がその土地の賃料年額の二〇倍相当額以下のときは、「譲渡所得」には該当しない(不動産所得とみる)と推定することとされているところ、右法令の根拠は、「底地の通常利回りを年五パーセントとして資本還元したものを底地価額とする考え方(右の五パーセントの二〇倍は一〇〇パーセントとなるので、賃料年額の二〇倍相当額というのは底地の推定価額ということができ、他方、底地価額と上地の価額〔権利金等の金額=借地権価額〕との合計額は、その土地の更地価額となる筋合いである)」によるものである。
右は、所得税法等のとる考え方であるが、これは借地関係の実態に根拠を置くもので、したがって、借地権価格の算定に重要な根拠を提供するものというべきである。
ところで、本件の場合、右の考え方によれば、本件土地の賃料は前記のとおり年額三七万三六〇〇円(一〇〇円未満切捨。月額三万一一三六円)であり、その二〇倍は七四七万円(一万円未満切捨)ということになり、これが本件土地の底地価額となるそして、本件土地の借地権価額を五〇パーセントとすると七四七万円となること計数上明らかである(もっとも、この計算は、本件土地の賃借権取得につき、申立人(側)から相手方に対し、七四七万円相当の財産上の給付がなされたことを前提とするところ、申立人(側)から右の財産上の給付は全然なされていないのであるから〔前記認定の修理等はすべて本件建物に関するもので、本件賃借権に関する財産上の給付は全くない〕、右の七四七万円も生ずるに由なきものといわなければならない〔「投下資本の回収」という立法趣旨<第五一回国会衆議院法務委員会議録第二一号四頁>に照らせば、零円となる筋合である〕。しかしながら、前記認定の諸事情を考え合わせると、いかに申立人において不要となったとは言え、相手方にしてみれば、他に賃貸するとしても、あるいは自ら使用するにしても、相当の利益をもたらすことは明らかである。そうであれば、右の意味での更地価額一四九四万円〔一万円未満切捨〕の五〇パーセントの借地権価格〔厳密には借地権買受代価〕を認めるのが相当である)。
右は、もとより本件土地の客観的更地価額約七九〇〇万円(この点鑑定委員会の意見による)と全く乖離すること明白であるが、申立人は、右の更地価格に相当する賃料を全く支払っていないのであるから、換言すれば、申立人は相手方との関係で本件土地を更地価額約一四九四万円の土地として賃借し、賃料を支払って来たものと評価せざるを得ないのであるから、賃借権の譲渡ないし譲受け(借地法九条の二第一、第三項)に当っても、同様の評価に基づき計算されるべきは理の当然である、というべきである。
(ロ) 以上説示のとおりで、相手方が申立人から本件建物及び本件賃借権を譲受ける対価としては、本件建物分三二五万円、本件賃借権分七四七万円、合計金一〇七二万円をもって相当と解する。
3 以上の次第で、本件建物及び本件賃借権の譲受対価を一〇七二万円と定め、かつ、右譲受対価の支払いと本件建物の所有権移転登記手続及び建物明渡しを同時に履行させることとする。
よって、主文のとおり決定する。
(裁判官 矢代利則)
<以下省略>